さまざまなシーンでの利用が広がるドキュメント共有サービス「Scrapbox」。
ビジネスシーンだけでなく、教育目的でも活用されています。
福島県立医科大学 会津医療センターの外科学講座は、医学部生が病院実習でレポートを作成する際のツールとして、2018年からScrapboxを導入しました。
これにより、レポートの質や、学生と教える側の医師とのコミュニケーションは大きく変わったのだそうです。
今回はレポート作成におけるScrapboxの具体的な利用方法について、同センター外科学講座 助教の押部郁朗さんにお話を伺いました。
押部郁朗様
福島県立医科大学 会津医療センター 外科学講座 助教
実習のレポート作成でScrapboxを利用されているとのことですが、実習とは具体的にどのようなものなのでしょうか?
「大学病院である当センターの外科学講座には、本体の大学(福島県立医科大学)から年間で20人ほど学生が来て2週間の実習を行います。実習生は現役医師のサポートのもと、実際に患者を担当し、疾患に応じた手術や治療に参加。その内容を『症例報告』としてレポートにまとめ、実習を終えます。」
なるほど。つまりレポートがそのまま実習の成果となるわけですね。Scrapboxを導入する以前、実習生の方はどのような方法でレポートを作成していたのでしょうか?
「以前は紙とペンで手書きのレポートを作成していました。それを担当の医師が対面でチェックし、実習生はフィードバックを受けて仕上げていくというアナログな方法。このときは、まず学生と担当医師のスケジュールを合わせるのが非常に難しかったですね。医師は大勢の患者をみていて忙しいので、学生に丁寧に指導してあげたいと思う反面なかなか時間がつくれず……。結局、充分なコミュニケーションがとれないまま気付けば実習が終わりに近づき、最後は半ば強引にレポートを仕上げる、そんな状況もありました。また、実習生は他の学生がどんなことを学んでいるのかを知る術がなく、自分が担当する患者の症状に関する知識しか得られないというのも課題でしたね。他の学生の実習内容も参照できれば、もっと知識が深まるのではないかと思っていました。」
そんな中、どのようにScrapboxを知り、導入しようと考えたのでしょうか?
「Scrapboxの存在を知ったのは、塩澤一洋 先生(成蹊大学法学部教授)のブログです。教育現場で学生全員がScrapboxを使いこなしているという事例を知り、興味を持ちました。」
塩澤先生は以前Drinkupイベントに登壇し、大学のゼミにおけるScrapbox利用について語ってくださいました。
「私も実際に塩澤先生の授業にお邪魔して、記法がシンプルで文章が書きやすいことや複数のメンバーが同時にアクセスできることなど、Scrapboxが教育の現場でいかに有効的か実感できました。まずは個人の研究で使い始め、使用感を確認したうえで実習のレポート作成に導入しました。」
Scrapboxをご自身で試した後、どのように実習生に展開したのでしょうか?また、現在実習生はどのようにScrapboxを使っているのでしょうか?
「最初は試験的に、2018年7月から2019年1月までの間で9名の学生にScrapboxでレポートを作成してもらいました。問題なくスムーズに使いこなせることが確認できたので、その後は外科の実習用のプロジェクトを全員で共有するようになり、これまでに22名の学生が使用。学生は担当症例と考察テーマが決まるとScrapboxのページを作成し、レポートの下書きや症例に関連する考察の記述をしていきます。日々実習をしながら、実体験などに基づいてページを成長させていきます。」
Scrapboxを導入して、コミュニケーションに関する課題は解決されましたか?
「まず、担当医師は学生とスケジュールが合わなくても、Scrapboxでコミュニケーションをとり、レポートの添削ができるようになりました。これはかなり大きな変化だと思います。以前は1編のレポートが完成するまでの添削の回数は多くても2回程度でしたが、今では4回から5回ほどに増えました。時々、医師と学生が同じタイミングでScrapboxを開いているときには、リアルタイムで質問やアドバイスをコメントし合ったり、医師から『頑張れ!』とエールを送ることもあります。他にも、医師が学生のために医療現場の専門用語をまとめて解説したページを作ったり、学生が会津に来て美味しかった飲食店を紹介するページを作ったり、レポート以外のカジュアルなやりとりも生まれています。Scrapboxを使うことで、対面で打ち合わせをする手間を最小限に抑えながらも、コミュニケーションの量と質は確実に上がりました。」
ということは、やはりレポート自体の質も上がったのでしょうか?
「そうですね、言うまでもなくレポートのクオリティは上がったと思います。ちなみにレポートの版管理について、ひとつ独自のルールを設けています。担当医師がレポートにコメントを入れてチェックバックすると、学生はページをコピーして新しいに版を起こし、それを修正していきます。こうすることで、添削前の記述を参照して学びの経緯を確認できると同時に、完成した最新のページは所定の書式に体裁を整えるだけで、そのまま実習生の成果物として印刷できます。」
完成したレポートだけでなく、“学びの経緯”も実習生の財産になるわけですね。
「はい。しかも、学生は自分の担当症例と向き合うだけでなく、他の学生がどのような考察をしているのかを知り、参考にできるようになりました。これにより、与えられたテーマ以外の事項についてもページを作成し、学習を深めた学生もいます。さらに学生だけでなく、教える側の医師達も、過去に与えた課題がどんなものだったのかを把握できるようになりました。これも大きなポイントです。医師同士で過去を振り返ることで、カリキュラムの改善ができるようになりました。学生と医師のコミュニケーションを促進し、学生の自発的な学習を促し、実習そのものの質の向上にも繋がる。Scrapboxは医学教育においてとても有用なツールだと実感しています。」
押部様、ありがとうございました!
(文/下條信吾)